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    9/27/2009

    ちょっと一息 - その2

     
    『ベレン発祥の地、カステーロ要塞付近』
     
    Forte Castelo<カステーロ要塞>は、1616年1月12日、
    ボルトガルのカステーロ・ブランコ率いる艦隊が
    アマゾンを征服し、ここに要塞を建設した。
    イギリス、フランス、オランダのアマゾン攻撃に
    備えるための要塞建設だった。
     
    当時、フランスはベレンの対岸、マカパ市を占領、
    アマゾン奥地に的を絞っていた。
     
    施設内には、当時のインディオとの出会いの様子や
    ベレン発祥地の歴史を展示する博物館がある。
     
    ベレンの歴史を知ることのできる場所。
    要塞から眺めるベレン市の眺めは
    素晴らしい!
     
     
    9/26/2009

    ちょっと一息  -  その1

     
    『エコロジーパーク』
     
    ベレン市の中心から北西へ約20kmの地点。
    イコアラシー街道<アウグストモンチネーグロ通り>を行くと
    テノネーという地区に日系人のゴルフ場、
    アマゾンカントリークラブがある。その先1kmにあるのが
    エコロジーパークである。
     
    マグアリ川沿いのマングローブ林、イガポ林、高地林など、
    さまざまな自然のエコシステムを有する。
    動物は猿、バク、ありくいなどの小型哺乳類、各種アマゾンならではの
    鳥類<中には絶滅に瀕したアララ>など、
    両生類が生息している。
     
    原生林、マングローブ林内の散歩道。
    自然のままを残した施設内では絶滅に瀕した動物の
    再生が行われている。
     
    89haもある敷地内を見学するには、1日がかり。
    年中無休。8;00~16;00まで開園してる。
    最終入場券発売は15;30.
    とにかく、楽しい。ベレンの近くでアマゾンを体験できる場所。
    お勧めしたい!
     
     
    5/28/2008

    ベレンの街からわずか2km

     
    『コンブ島のエコーツアー紹介』
     
    Açaiによって生計を立てている島民。
    島民の約70%が、自然にはえているアサイを採集し、
    ベレン市場に売りさばいて生活している。
     
    近年、日本でもフルタフルタ会社によって、
    アサイは宣伝されている。
     
    このところ、スポーツ選手を中心にこの
    アサイが人気が沸騰して来ている。
     
    栄養価を紹介しましょう!
    アサイ果実の100g中に含まれるポリフェノールは、
    約4500gで、ココアの約4,5倍、
    ブルーベリーの約18倍ときたら
    押して知るべし。
     
    その他鉄分、植物繊維、カルシュームを含むんでいたら、
    もう申し分無しです。
    ブルーベリーの約18倍とを比較すると
    人気が出るのもうなずけましょう。
     
    『コンブ島はグアマ河に面した岸に、<Saldosa Maloca>と言うレストランチがある。
    取立てのアサイはベレンで一番おいしいと言われています。』
     
    そんなレストランで週末を過ごしながら、
    エコーツアーに足を伸ばす。
    素晴しい景色を眺めながらの一時は、
    心を癒してくれます。
     
    一緒に、観光してみませんか?
     
     
     
    4/22/2008

    アルゴドアル島の旅

     
    「ベレンから160km地点の楽園」
     
    4月19・20・21日の3日間の連休を
    利用してベレンから160kmの地点にある
    アルゴドアル島を観光旅行した。
     
    観光ガイドをはじめて2年、
    パラー州の観光地を
    訪れて、資料の収集を始めている。
     
    今回もガイド資料の収集が目的の旅となった。
    地球の歩き方にも詳しくは説明がない。
    写真も載っていない。
     
    位置的には、
    南緯0度35分3秒~0度38分29秒
    西経47度31分54秒~47度34分57秒。
    面積にして19㎢。
     
    ビーラ・ド・アルゴドアル
    フォルタレヂーニャ
    モコオオカ
    カンボイーニャなる
    4集落がある。
     
    船着場は天然の砂浜に飛び降りる。
    自動車類は入島禁止。
     
    静かで治安も良く楽しく暮らせる。
    なんといっても、
    馬が引く屋形に乗っての
    島巡りは最高だ!
     
    因みに、砂浜は15kmに及ぶ。
    汐の満ち引きで砂浜が
    大きく変化するのが特徴!
    もう一度行きたい素晴しい島ではある。
     
     
     
     
     
    3/18/2008

    観光ポイント調査

     
    『夢のサンタレン』
     
    昨年11月、一泊しか出来ず観光ポイントを
    踏破できなかったので、
    今回、再度挑戦してみた。
     
    アマゾン河に面した、
    モンテ・アレグレ、サンタレン、ベルテーハなどは、
    戦前・戦後日本人が入植したところ。
     
    今では、全然日系人の姿が無いコロニア、
    数家族しかいないところなどだ。
     
    時代の流れによって、
    移民当初の計画も挫折を見た。
     
    1930年代に。アメリカのフォード社が、
    サンタレンのベルテーハにゴム園を造成した。
     
    戦後、そのゴム園の管理に
    日本人が契約移民として入植した。
    しかし、その契約は反故にされ、
    移民の群れはあちこちに群がった。
    ベルテーハには日本人の姿は無い。
     
    サンタレンを中心にした、植民地は
    他に、パリンチンス植民地がある。
    400名以上の若い青年の夢を託した
    植民地だ。
    ここにもその人達の影は無い。
     
    昭和32年(1957年)10月に、
    アマパ連邦直轄州に入植して50年。
    自分史を求めながら、同胞の足跡を訪ねた。
     
    自分のことを重ね合わせて、
    訪れた、植民地跡に立つと
    感慨無量の念が沸きあがる。
     
    今年は、最初に入植したマザゴン植民地を
    訪ねてみたい。
     
     
    3/4/2008

    雨季のマラジョー島(カルモ牧場)

     
    『雨季のカルモ牧場観光』
     
    岡山県からおいでになったお客さんご夫婦を、
    マラジョー島のカルモ牧場にご案内した。
     
    雨季、しかも雨が最も多い3月上旬の訪問。
    アマゾンの土砂降りの雨の中の
    観光だった。
     
    乾季と違って、牧場も水浸し。
    ところによっては、沼状になっていた。
     
    見渡す限り平坦地の牧場も水浸し!
    水牛と馬の試乗も泥水との戦い、
    体中泥だらけ、
    それでも喜んでいただいた。
     
    乾季とは違って、
    ワニもカピバーラもあまり姿が無い。
    それでも、何とか見物できた。
     
    かってはマラジョー焼き(陶器)で有名を馳せた、
    インヂオの村落跡の散策、
    激しい雨に打たれての
    土器探しは、雨季ならではの体験となった。
     
    4時間もの釣りは当たりもあって、
    お客さんご満悦だった!
     
    いつ行っても美味しい牧場の食事が
    お客さんを虜にした。
     
    案内役の裏方には嬉しい限りだ。
    2泊3日の旅、収穫はあった。
    喜んでいただけるのが1番だ。
     
    カルモ牧場は、
    雨季よりも乾季が最高だ!
     
    何回訪れても飽きない。
    不思議な魅力がある。
     
     
     
     
    1/29/2008

    たまには日本の芸能人との出会いもある!

     
    『宮沢和史!』
     
    島歌、サトウキビ畑、そんなフレーズが出たら、
    彼を思い出される人が多いかもしれない。
     
    先週、彼は仕事でベレンを訪れてくれた!
     
    1966年甲府生まれ、1989年にデビューし、これまでにTHE BOOMとして
    アルバムを11枚、宮沢和史ソロでアルバム4枚リリース。作家しても
    多くのミユージシャンに歌詞、曲を提供してきた。代表曲のひとつ、
    『島歌』は、アルゼンチンでの大ヒット(2002)。

    1月23日から26日まで、JAL機内誌発行会社Sky WARDの仕事で
    撮影のためベレンに滞在した。

    ガイドと警備を兼ねて、市内の繁華街や観光ポイントでの撮影に
    参加した。普段でもともすれば危険を伴う市場<ベーロペーゾ>での
    撮影には警官2名をつけての撮影だった。カメラマンが女性なので、
    機器(カメラ)はもちろんだが、身の安全を守るための配慮をした。

    トメアス、船旅、撮影、特に白鷺公園のグアラ(トキ)とアサイには、
    宮沢和史ベレン訪問随行記! 002宮沢和史ベレン訪問随行記! 005宮沢和史ベレン訪問随行記! 012宮沢和史ベレン訪問随行記! 015宮沢和史ベレン訪問随行記! 018ご満足の様子だった。

    『また、是非来ます!』の言葉に、ほっとした。お別れのときの
    最後の言葉が、<ガイド>が、一番緊張する瞬間だ!

    お土産にといただいたのが宮沢和史著『音の棲むところ/パート3』
    である。彼の人となりを知るために、今、読み進んでいる。
    8/27/2007

    いやー・・・・・!

     
    『認識を改めました・・・・!』 
     
    静岡県のふじのくにアマゾン訪問団ご一行に
    感想を戴いた!
     
    群馬の森での原始林トレッキングにおいて、
    <大木が密集していると思っていました。>
    との質問に管理者は、
    <1000㎡に7.8本ですよ>と答えていた。
     
    <時には、一生に一回しか花を咲かせない大木も
    ありますよ!>と説明していた。
     
    一度限りのチャンスに子孫を残す努力と言うか
    その生き様には心が痛む!
     
    花を咲かせて種をまき、そして一生を終わる。
    人間社会にはない厳しい生き方だ!
     
    色々なお話を聴いて
    新たに緑を守る大切さを教わった!
     
    <切り倒すのはあっという間、育てるには2.30年かかる。>
    <管理人さんの言葉は重く心に響いた!>
    <そんな一日でした!>
     
     
    1/10/2007

    人気抜群の観光地!

     
     
    『白鷺公園』
     
    自然観察が出来る蝶・蜂鳥・白鷺のいる
    白鷺パークが人気があった。
    アマゾン河、緑、動植物、灯台。
    広い敷地に放し飼いの猩々トキ。
    アマゾンならではの自然が、
    人気を呼んだのだろう。
    1/3/2007

    足腰が痛い!

     
     
    『まだ船の揺れが身体に残っている!』
     
    バスに揺られて、一日中市内観光。
    河船に乗って二晩。
    どちらの感覚なのか身体が時たま揺れる。
     
    足腰に痛みが残っている。
    二日間立ちっ放しだったから。
    しゃべりすぎて声まで変ってしまった。
     
    色んな体験をしてガイドの仕事は終わった。
    今年も頑張ります。
    皆さんご声援ください!
     
    12/27/2006

    遠出!

     
    『モスケイロ島に出張!』
     
    年末年始にベレン港に立ち寄るピース・ボートの
    観光客を案内するための下準備。
    ホテルやレストランの確認作業が主な仕事。
    コースの安全確認。道路の状況等
    を調べるなど、下準備は忙しい。
    これから出発だ!!
    <行ってきます。>
    12/23/2006

    練習日

     
     
    『観光ガイドの実地研修』
     
    今日は年末年始にかけての大型観光団の
    市内観光案内対策のための実地練習。
     
    コースの確認、ガイドの要点、トイレの確認、
    駐車場の確認、仕事が一杯だ。
    スケジュールに余裕を持たせないと、
    ガイドが疲れる。
     
    <本船に一泊になりそうな感じだ!>
    12/21/2006

    ベレン観光!

     
     
    『観光案内書』
     
    日本からアマゾンに見えるお客さんは多い。
    アマゾン地域への入り口であるベレン。
    日本語の観光案内書がないので、
    一冊にまとめてみたい。
     
    ベレン市発祥地や18世紀に建立された、
    教会や宮殿などの歴史を紐解いている。
     
    12月31日と元旦にかけて約1千名の団体が、
    ベレン市に立ち寄る。
    <ピース・ボート世界一周の旅>
    の皆さん。1万トン級の船で、
    3ヶ月かけての世界旅行。
     
    アマゾン河ツワー、市内観光、
    群馬の森、モスケイロ島のツアー
    が組まれている。
     
    友人が経営する旅行社が担当した。
    ガイトを頼まれたので、今日はその下見聞。
    アマゾン河ツアーに参加してみることにした。
    <さて、いい写真が撮れるかなー>
     
     
    8/25/2006

    ライトアップ!

     
     
    『植物園が新しくライトアップした!』
     
    早朝のウオーキングを楽しくませるように、
    植物園の16ヘクタールが
    新しくライトアップして、行き交う人を喜ばせている。
    ローマス・ヴァレンチーナ通りなど、
    薄暗くて強盗の多発地帯としても有名だったが、
    明るくなったので、少しは犯罪が減ってくるだろう。
     
    正面の入り口や、4隅には地面から上空に向けてのライトアップだ。
    一辺、500mの正面・裏面には、
    34本と32本の電柱が立てられた。
    両側面も48本あった。
    今朝の、ウオーキングは、電柱を数えるのに
    費やしてしまった。
    合計、114本を数え終えて、ウオーキングは終った。
     
    それにしても、明るくて楽しい!!
     
     
    1/14/2006

    ピラルクー

    『淡水魚ピラルクー』
     
     フォト欄にも写真を載せましたが、ピラルクーについて書いてみます。
     ピラルクー(学名:Arapaima gigas)は、
    アロワナ目・アロワナ亜目・アロワナ科に分類される魚。
    世界最大とされる魚の一つで、アラパイマという別名もあるそうです。
     
     アマゾン河流域に分布し、沼地や流れのゆるいところに生息する。
    熱帯の淡水域では酸欠状態がおこりやすいが、
    ピラルクーは、たまには水面に口を出して息継ぎをする。
    うきぶくろから肺のように空気呼吸が
    できるので、酸欠にならずに生きていくことが出来ます。
    最大のものは4.5mとも5.2mとも言われています。
     
    1/13/2006

    アルサ・ヴィアーリア

    『希望の橋』
     
    産業開発に必要なインフラクチャーが整っています。
    アマゾニア地方の経済は伝統的に採集により
    成り立っていましたが、70年代には連邦政府の
    アマゾン開発計画により、
    工業、農業、畜産が推進されました。
     
    その後1995年にパラー州政府が、新規の
    産業計画にインセンティブを与えて、永続的で
    効果的な経済、社会の発展のために
    州の産業基盤の改革を進め、現在では
    パラーの産業基盤は、
    農業、鉱業、観光業なっています。
     
    2002年9月に開通したアルサ・ヴィアーリア
    (4つの橋と70kmの道路の総称)は、パラー
    州内の交通の流れを大きく変えました。
    各地へのアクセシビリティの向上により観光業
    を含む各種産業の発展に大きく寄与しています。
     
    アカラー、トメアスーなど日本人の入植地に
    ベレンから陸路でいけるようになりました。
    以前は、バルサ(フェリー渡し船)でしたので、
    不便でした。
    12/22/2005

    ベレンの観光ー04

    『ヴェーロ・ペーゾ市場とその周辺/12月15日』
     
     1688年(元禄元年とは、・・・・・
            1685年-第5代将軍徳川綱吉が生類哀れみの令を出した3年後に当たる。
              1687年-ニュートンが万有引力の法則を派遣した1年後に当たる。
                1989年-松尾芭蕉が<奥の細道>を書いた1年前に当たる。)
    に、商品ので入りに税金を掛けるために目方を量ったことから(量<ペーゾ>を見る<ヴェール>)と名ずけられ、荷物の出入りを見張るために設けられた施設である。この建物群は18,19,20世紀に亘って改修がなされた。絵葉書に見るベレンの自由市場は、パラー州の色々な文化を知る意味でぶらじるでもその存在は有名である。
     
     ヴェーロ・ペーゾ建物集合体の、鉄製建物市場の中には肉専門店、魚専門店、波止場、時計塔広場、アサイ市場、カステロ坂、岸辺の領地などがある。とにかく何でもある市場である。この市場はベレンで一番色彩に富んだ市場である。薬草、観葉植物、薬用または強壮剤に使われる樹々の根っこ、様々な入浴剤などがあり(パラーの匂い)と言われる所以でもある。
     
     ロンドン、ニューヨークから船で運ばれた鉄材によって建設された。1901年(明治34年)に2万6千5百(26.500㎡)平方メートルの面積に、200個の屋台が置かれた。魚専門店など有に100年の年月を経た専門店である。時計塔広場、岸辺の領地はネオクラッシク様式のである。

    ベレンの観光地ー03

    『カテドラル・メトロポリターナ・デ・ベレン(セ-教会)/12月13日』
     
     1617年(元和3年)に、礼拝堂がこの場所に建てられた。因みに、1617年には、日光東照宮が建立された。また、狩野山楽が(牡丹図)を完成した年に当たる。
     
     1748年(寛永元年)に、現在ある建物がイタリア人の建築家アントニオ・ランディの設計で造り始められ、7年を費やし1755年(宝暦5年)に完成したベレン最古の教会である。内部の天井、祭壇、壁面はイタリア人のドメニコ・アンジェリスによって塗装された。初めに砦、広場と教会、それに合わせた道路と住宅街、ヨーロッパの典型的な街の形成順序を物語っている。
     
     セ-教会はブラジルにおいても建築的にも、宗教的にも美しい教会とされている。植民地時代のバロック様式、ネオクラッシク様式の建築で、壁面のフレスコ画、油絵、豪華に飾られた祭壇が見もの。また、19世紀にヨーロッパにその名を轟かせたオルガン造りの名人、Cvaille Coll
    <1811-1833>の製作によるパリ-製オルガン(幅6m、奥行3m、高さ8m)があることでも有名である。毎年10月の第2日曜日に始まるシーリオ・デ・ナザレレー祭りの聖母マリア像の巡礼行列は、この教会を起点にして出発することでも有名である。

    ベレンの観光地ー02

    『ベレンの歴史-カステロ要塞/12月12日』
     
     1616年1月12日(元和元年、駿府城で徳川家康が75歳の生涯をとじた年に当たる。元和2年4月17日没)ポルトガル海軍提督;フランシスコ・カステロ・ブランコ率いる部下200名は、グァジャラ湾が一望出来る高台に要塞を築いた。当時、南米の北部をすでに占領していたオランダ、イギリス、フランスの開拓者達が、アマゾン河口をも占領しようと狙っていたのでその行為を退けるための要塞であった。この要塞に現在もある大きな砲台は、実際に使用されたものである。対岸に位置するオンサ島まで(約3km)砲弾が届いたと言われている。
     
     この一帯には先住民のインディオ・ピナンバス族が住んでいた。彼らの言葉で(グァジャラ)とは、人魚の住むところを意味した。今でも、この一帯には淡水イルカが現れる。
     博物館内には、当時のインディオ・ツピナンバス族との出会いに始まるベレン発祥の歴史や、発掘されたポルトガル人の到着の頃の様々な品々が、マラジョ-土器・タパジョース土器と共に展示されている。特に目を引くのは人食いインディオの姿が描かれた壁画がある。ベレン発祥の記念的スポットでもあるのです。
     
     2002年12月に、新しい姿でオープンした。隣には(11個窓のある家)現代アート美術館もある。また、この要塞に向かって右側、アサイ市場とセー広場の間に小さな坂道があるが、この坂はカステロの坂と呼ばれ、ベレンで最初に造られた道である。