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    11/16/2009

    平成21年度海外JICA理事長賞受賞ートメアスー総合農業協同組合

     
    『環境問題を主体にしたアマゾンの日系人農法が認められた!』
     
    11月14日、トメアスー文協において、
    トメアスー総合農業協同組合が
    <平成21年度海外JICA理事長賞を受賞した>
     
    JICA中南米担当理事高島泉氏が、
    CAMTA坂口渡理事長に贈呈した。
     
    『JICAが助成する海外援助で、その資金を有効に活用し実績を上げる団体に贈られる賞』
    平成21年度は、トメアスー総合農業協同組合が受賞した。
     
    単一栽培の胡椒栽培から脱却して、
    環境にやさしい混植栽培を導入した組合の活動が
    認められたもの。
     
    日本をはじめ全世界が今、トメアスー植民地を
    見つめている。
     
    <アグロフォーレストリー>という言葉は、
    いまや、トメアスー植民地を象徴する事になった。
    まずは、受賞おめでとう!
     
    11/1/2009

    汎アマゾニア日伯協会管理 援協更生ホームにあるアマゾン移民開拓先亡者慰霊碑

     
    『ベレン日系社会の狭間にゆれる先亡者慰霊碑』
     
    ベレンを訪問される大方の人が、
    まず、表敬訪問し、参詣、献花する場所が
    表題の<慰霊碑>である。
     
    この慰霊碑を管理するのは汎アマゾニア日伯協会協会。
    存在する場所はアマゾニア日伯援護協会、更生ホーム。
     
    慰霊碑に参拝する訪問客を接待するのは、
    更生ホームの職員。
    汎アマゾニア日伯協会の応対は皆無。
     
    二つのベレンの日系団体の狭間で、
    <慰霊碑>は、
    その微妙な管理体制の改善を
    それとなく示唆している。
     
    日伯協会、援協の両会員も
    その管理体制の矛盾に気付かないでいる。
     
    慰霊碑の清掃は更生ホームの職員や
    某宗教団体などによって行われているが、
    日伯協会の
    管理体制を強化するよう求める声も多い!
     
     
    10/22/2009

    ベレンで初の紅白カラオケ

     
    『80周年で特別開催 北泊のど自慢が熱唱』
     
    アマゾン日本人移民80周年祭<アマゾナス州では、
    日本人アマゾン移民80周年祭>を、
    記念して発足したベレンカラオケ愛好会主催の
    第一回ベレン紅白カラオケ歌合戦が
    汎アマゾニア日伯協会神内講堂で開催された。
    紅白50名の歌手来場者約300名が一体となって
    楽しい人夜を過ごした。
     
    <カラオケを通じて、みんな仲良く、健康な体と心を
    維持しましょう>と主催者は呼びかけた。
     
    私的には、親子(娘)で、
    ナレーション入りの紅白の司会を
    任された!
    とかく疎遠になりがちな親子関係を
    それとなく、
    楽しくやれて印象的な歌合戦となりました!
     
     
    参加者の紅組高齢者(86)は、
    <河内おとこ節>
    白組の最高齢者(87)は、
    <男の浪漫>を
    熱唱!
    健康の秘訣はカラオケと称賛していた。
    80周年記念祭がもたらす、
    久々のイヴェントだった!
     
     
    9/30/2009

    アマゾン日本人移民80周年祭裏話!

     
    『現地を知らな過ぎる添乗員!』
     
    ある慶祝団に同行した添乗員(旅行社)の話。
    初対面から高圧的な言動!
    事あるごとに、日本と比較して
    <もっとなんとかならないのか?>
    と連発。アマゾンと日本を比較するのが
    まずナンセンス!
     
    アマゾニア日伯援護協会の更生ホームはベレン市
    郊外にあり、宿泊していたヒルトンホテルより、渋滞など考慮すると
    車で50分は掛る距離を、20分で行け!との
    お達し、状況を説明しても納得しない。
    <俺の仕様書には所要時間20分と書いてある。>
    と譲らない。
    結局、急がせて40分で目的地に着いた。
    渋い顔つきが、鬼の形相に変わった。
     
    更生ホームにある慰霊碑への参拝と献花が目的。
    訪問客はまず更生ホームの事務所を訪れ、
    ホーム長と事務局長に訪問の目的を述べ、
    来訪者記帳簿に記録をしたため、
    慰霊碑へ参拝、献花する仕来たり。
    それを無視しての強引な参拝は、
    ホームの関係者の失笑を買っただけ、
    ご本人は感じなかったようだ!
     
    添乗員さん曰く、
    そんな暇ない<早く、蝋燭とお線香を用意させろ!>
    とご機嫌斜め。
    線香に火が付くのをイライラした表情で睨みつけていた。
     
    昼食に用意したバベキュー料理。
    <サンパウロで試食したのでもういやだ!
    アマゾンの魚料理に切り換えろ>
     
    夜食の泥ガニ(トキトキ)は、6名中2名不参加。
    アルコール類は来訪者支払が基本。
    夜食が終わり勘定になって、
    <俺たちの飲み代、来なかった2名分で補ってよ>
    と来た。
    <ドルしかないので精算しておいて、明日払うから・・・>
    と領収書を作らせ、<白紙の領収書を
    貰ってよ!>とのたもうた。
    一枚貰って、更にもう一枚請求。
    店主に嫌味を言われて断られた!
    さすがに、ご本人には通訳できなかった。
     
    まだある、
    <俺の携帯電話は国際線だから使用料が高くつくから、
    ここではあんたの携帯を使わせてよ>
    常識では考えられない要求に
    さすがにうんざりしたが、ご一行の手前我慢した。
     
    最後の見せ場は、
    ベレン国際飛行場での搭乗手続きの場面。
    サンパウロ~ベレンまで荷物の超過料金を
    取られて、痛い目にあった様子で、
    ベレン-マナウス間は
    <なんとか超過料金を取られないようにしてください>
    と、当地の旅行社に平身低頭で頼み込んでいた。
     
    40年間ベレンで開業している旅行社のベテラン社員に
    希望をかなえてもらって、やっと笑みがこぼれたが一瞬だった。
     
    現地を把握してないし、何も事情を知らない初心者のくせに、
    知ったかぶりして、最後には未熟さを露呈してしまった。
     
    こういう、添乗員はアマゾンに来て欲しくない!
    何故なら、同行されたご一行の名誉も
    汚されかねない危険性をはらんでいるからだ!
    今回は、敢えてご一行の所属団体名は
    伏せましょう!それは添乗員のためではない、
    ご一行のためにだ!
    ご一行にはご迷惑をかけっぱなしの式典だったからだ!
     
    請求しなかったら、立て替え金も支払わなかっただろう。
    結局、最後までお礼も言わずに立ち去った。
    なんとまー、礼儀も知らないご仁であったことよ!
     
    いまどきこういう種類の日本人が多いんですかネ-?
     
     
     
     
    8/23/2009

    盂蘭盆会法要

     
    「盂蘭盆会に参加」
     
    一昨年、先輩の遺言で真言宗西本願寺の
    トメアスーでの帰敬式に参加。
    法名 釈勝解と袈裟をいただいた。
     
    先祖を敬い、報恩の気持ちを持ってご参詣くださいとの
    案内状をいただき、
    参詣して、
    お経を読んでみた。
     
    年のせいかお経を唱えると心が鎮まる。
    行く末は、お世話になる終局の目的地。
     
    落ち着き場所が定まってほっとしている。
     
     
    7/22/2009

    幻の優勝旗を追って2週間!

     
    数奇な運命たどった優勝旗=
    パラー=岸信介元総理が寄贈=北伯で盗難、
    聖州で発見=アマゾン80周年で返還

     盗難に遭って長らく行方不明になっていた、
    岸信介元首相が北伯野球連盟に寄贈した優勝旗が、
    数奇な運命を辿ってようやく元の場所に戻っていたことが、
    ニッケイ新聞の調べで分かった。この優勝旗が発見されたのは
    昨年の暮れ頃、なんと聖州沿岸部サンビセンテ市の
    骨董市のフェイラだった。
    見るに見かねた戦後移住者の手で買いとられ、
    岐阜県人会に委託され、
    ブラジル野球連盟を通して、この度、
    奇しくもアマゾン移住八十周年を祝っている北伯に返還された。

     実は、いつ岸元首相がこの優勝旗を北伯野球連盟に寄贈し、
    いつ盗難に遭ったのかすら分かっていない。というのも、
    北伯球連では「盗まれた」という話が知られ
    ていなかったからだ。
     
    つまり優勝旗は二旗存在する。
    聖市から送られたものは、七月十日に届いたばかり。
     
    この優勝旗を預かっていた岐阜県人会の山田彦次会長は、
    「サンビセンテの骨董市で売られているのをたまたま見つけた
    戦後移民が、『どうしてこんな大事なものが』
    と見るに見かねて買いあげ、
    うちに善処を依頼してきたんですよ」と説明する。
     「ブラジル野球連盟の大塚ジョルジ会長の代理が
    二週間前に取りにきたので渡したはいいが、
    その後、礼状どころか、なんの音沙汰もなかったんで、
    我々もどう発見者に報告したものかと弱っていたところでした」
    という。
     
    現パラー野球・ソフトボール連盟会長(旧北伯野球連盟)の
    影山アントニーノ会長は、本紙のパラー通信員の質問に答え、
    「一世の野球関係の先輩や巷のうわさ話でも、
    優勝旗が盗まれた話は聞いてなかったです。
    送られてきた優勝旗を現在あるものと比較しても、
    最初はその違いを判読して説いてくれる人もなくて
    困りましたが、今は戻ってきた優勝旗が本物であると
    分かるので、だんだん喜びが膨らんできました」という。
     
    現在、サンタイザベル文化協会に保管されている
    二旗を比較すると明らかに異なる。
     今まで使用されてきた優勝旗は「北伯青年野球、
    元内閣総理大臣贈岸信介」とだ
    け記されているが、発見されたものは
    「北伯青年野球選手権大会、元日本国内閣総
    理大臣贈岸信介」とある。
     違いは素人目にも歴然としており、
    今までのものは墨での手書きでありコピー、
    今回発見されたものは錦糸の刺繍が施されており、
    見るからに本物のようだ。
     
    地元関係者によれば「盗まれた時点で、
    当時の野球連盟の役員が慌ててコピーを
    作成したようだが、残念ながら、
    文献もなく当時の関係者もほとんど鬼籍に入られ
    ていて、真相はつかめません」という。
     
    今後どのように活用するかという問いに対し、
    景山会長は「理事会に諮って最終的には決めますが、
    私としては現役に復帰させ、今まで果たせなかった
    優勝チームの感激を味わわせたい。
    二~三世層の時代になったパラーの野球界に新たな力を与
    えてほしいと思っています」と語った。
     そして「数奇な運命を経て戻って来るよう
    ご手配くださった方々には
    心から感謝しています。
    また、長い年月をどういう風に過ごしたのか
    知りたくなりました」と
    感謝の言葉をのべた。
    すぐに感謝状を発見者と県人会に贈るという。
     
    ブラジル野球連盟の沢里オリビオ副会長によれば、
    きちんとした優勝旗は「日本でないと作れない。
    安く見積もっても七千ドルから一万ドルはする。
    まして、元総理の、となれば、幾らするか分からない」とする。
    「事実、球連にも総理大臣寄贈の優勝旗はない。
    大変貴重なもの」とその価値の高さを強調した。
     
    「幻の優勝旗を追って二週間!」
     
    1960年代、トメアスーに住んでいたころ、
    この北泊野球選手権大会に参加し優勝した経験もある。
    その優勝旗が、前述した2旗のどちらだったか記憶にない。
    ましてや、その優勝旗が盗難にあったという
    話など聞いたことがなかった。
     
    サンタイザベル、サントアントニオ、トメアスー、ベレンと
    その地の各野球関係者を訪ねて歩きまわったが、
    ついに真相はつかめなかった。
     
    収穫は、サンタイザベル文協に保管されている、
    現役と帰ってきた優勝旗を撮影できたことだった。
    80周年の今、アマゾンは注目の的、
    何が出てくるのかわからない!
     
    真実を求めてトボトボ歩きます。
     
     
     
     
    7/9/2009

    アマゾン日本人移民80周年で・・・・・!

     
    『合同記念句集を発刊』

     

     

    アマゾン日本人移民八十周年を記念して編纂された

    『合同記念句集』がこのたび発刊された。

     この合同記念句集は、パラー州内の次の

    四俳句会によって編集された。

    トメアスー俳句会(代表=新井範明)、

    サンタイザベル俳句会(代表=竹下澄子)、

    カスタニャール俳句会(代表=工藤未敏)、

    ベレン風みどり俳句会(代表=大嶽一)

     

     『合同記念句集』の編集委員を代表して、

    トメアスー俳句会の新井代表は、

    その序文に「明治、大正、昭和、平成と各時代に

    生まれた人たちの

    八十年にわたって流れた時間は、

    日本文化をアマゾンに定着させ、

    アララ句会、大河句会、木陰、樹海、花胡椒、

    アマゾン拓土句会、

    ベレン風みどり句会、サンタイザベル句会、

    カスタニャール句会、トメアスー句会が誕生した。

    このように現在も脈々と受け継がれてい

    ることは喜ばしい限りである」としたためた。

     

     さらに「戦前移民は戦後移民を受け入れ、

    瞬く間に植民地は拡大、新しい家族が誕生し、

    忘れられていた日本文化が蘇り、運動会や演芸会、映画会、

    相撲、野球そして短歌、俳句が芽生えた」と綴った。

     

    戦後、最初にトメアスー俳句会を結成し、

    指導に当たったのは一九五五年入植した、

    故吉丸一氏(長崎県出身、俳号=丘南)であった。

     遺稿『枝蛙一句その日の日誌とす』

     

    合同記念句集のほか、サンタイザベル句会の『ひとすじ』、

    日本人移民百周年を記念してベレン風みどり句会の

    『風みどり』第九号が発刊された。

     
     
    7/3/2009

    リョ-ト、在ベレン総領事に優勝報告!

     

    「ベレン発・既報関連記事」

     

    ベレン=世界の王者リョート=

    名井総領事に優勝報告=「パラー日系人の誉」

     

    米国の総合格闘技大会で見事優勝して凱旋を飾った日系

    二世、町田リョート選手(31、リング名=Lyoto Machida)が

    十七日午前九時、伯国東京農大会副会長の山中正二さんと

    父親の町田嘉三さんに付き添われ、在ベレン日本総領館に赴き、

    名井良三総領事に世界の王者になったことを報告した。

     

     チャンピオンベルトを手にした同選手を迎えた総領事は、

    歓迎の花束を渡しなが

    「リョートは我々パラー州の日系人の誉です」と、

    固い握手を交わしながら「おめでとう」と

    優勝への祝辞を述べた。

    また、館員揃っての大歓迎となった。

     優勝報告は約一時間ほどで、父親の町田さんが

    息子の練習振りや

    日頃の生活を振り返りながら、

    これまでのチャンピオンへの道のりを館員らに説明した。

     

    「過去六年間のたゆまぬ努力が、

    結果として優勝をもたらしたと思います。

    成せばなるのだと実感しています」との言葉に

    居あわせた館員らはうなずいていた。

     リョート選手は鎌田ローザ館員の質問に答え、

    「勝った瞬間、自分でもその意味を確認できませんでした」

    などと淡々と答えていた。

     

    試合の間、父親・兄弟二人がリングサイドで、

    日本語で適切に指示したという。

    家族のチームワークがここ一番の大勝負の舞台裏を支えた。

     父親は冗談混じりに「リョートは我々の指示に従う

    ロボットなんですよ」と笑いながら照れた表情を見せ、

    町田家全員がいかに空手を愛し、

    邁進したかを感じさせた報告となった。

     リョート選手は謙虚さをにじませながら、

    「好きだからやれます。体を鍛えることも必要、

    だが一番大切なことは精神を統一し、

    いかに無心になることができるかも

    重要です。また、相手の挑発に乗らず、

    リングに上がったら、

    絶対勝つんだという信念が大切だと学びました」

    などと語ったことで、

    逆に秘められた勝利への意欲の強さを印象付けた。

     ニッケイ新聞の質問に答えた父親は、

    「防衛する側になったので、これからも鍛錬を怠りません」

    と、力強くその決意を語った。

     

     
     
    6/19/2009

    世界の王者町田リョートがベレンに凱旋!

     
    『米国の総合格闘技大会で優勝!』
     
    北泊パラー州ベレン市在住日系二世、町田リョート選手
    (31歳、リング名=Lyoto Machida)が
    米国の総合格闘技大会で世界の王者になって
    5月29日に凱旋。
     
    翌日の地元紙がみな一面トップに写真を掲載するなど、
    一般市民から英雄扱いの大歓迎を受けた。
     
    同選手は5月23日、米ラスベガスで開催された
    総合格闘技イベント「UFC98」のライトヘビー級の
    タイトルマッチで、ラシャド・エヴァンス選手を
    KOで下し、プロ公式戦無敗記録を15に伸ばし、王座の場を奪った。
     
    リョート選手は、元ブラジル移民の<アントニオ猪木>氏に
    スカウトされ、新日本プロレスの総合格闘技大会でも
    デビューして連戦連勝している。
     
    在ベレン総領事館に優勝報告に赴いた
    リョート選手を取材したときの
    写真をアップします。
     
     
     
     
     
    6/3/2009

    FIFAワールドカップ招致の明暗!

     
    『開催地に選ばれなかったパラー―州ベレン市の嘆き!』
     
    Wikipedia(ウイキペヂア)の記事より転載!
     
    <2014年第20回サッカーワールドカップ>
     
    『2007年4月11日、コロンビアサッカー協会は、
    FIFAワールドカップの招致を断念したと発表。
    これにより、ブラジルが南米からの唯一の立候補国となり、
    2007年10月30日、1950年大会以来、
    64振りとなるブラジルでの開催が正式に決定した。
     
    2009年5月31日、バハマの首都ナッソーで開かれた
    FIFA執行委員会により、開催候補となった17都市のうち、
    ベロオリゾンテ、ブラジリア、クイアバ、クリチーバ、
    フォルタレーザ、マナウス、ナタール、
    ポルトアレグレ、レシフェ、リオデジャネイロ、サルバドール、
    サンパウロの12都市で行うことが正式に発表された。』
     
    開催地は間違いないとの認識から、
    ベレンでは招致に向けて、あちこちにホテルが建設されている。
    私の住む周辺でも、2か所に競うように、
    道路を挟んで建設が進んでいる。
     
    このブログを、アップしている午後6時現在、
    ひとつは、残業で建設を進めている。
    もうひとつは、力尽きるのか、
    時間になると人影がない、
     
    はるかかなたの、アマゾン河の
    支流には、静かに太陽が沈んで行く!
    この世には、明暗がくっきり浮かび上がることが多すぎる。
     
    何をもって由としよう!
    今は踏ん張りどころだろう!
    頑張りましょう!
     
    5/13/2009

    アマゾン日本人移民80周年記念シリーズ 04

     
    『植物―アマゾンのゴムと胡椒の樹について』
     
    かってアメリカのフォード社が、大々的に
    アマゾンにゴム園を造成して
    ゴムの樹を栽培した。
     
    アマゾンにゴム景気を巻き起こした歴史がある。
    アマゾンのゴムの種で、イギリス人が、南洋で栽培を始めた。
    その結果、アマゾンのゴム景気は終焉した。
     
    その逆を行って、アマゾンに胡椒ブームを
    巻き起こしたのが日本人である。
     
    1933年、南拓第13回移民監督の臼井牧之助氏が、
    途中立ち寄ったシンガポールから、
    南洋種胡椒の苗20本を搬入した。
    そのうち、たった2本が活着し
    黒ダイアと呼ばれた胡椒での
    繁栄をもたらした。
     
    アップしたフォトは、
    南洋に持ち去られたゴムの樹と、
    アマゾンにもたらされた胡椒の樹、
    トメアスー総合農業協同組合本部である。
     
    アマゾン日本人移民の80年の歴史は、
    <素晴らしい!>の一語に尽きる。
     
     
     
     
     
     
    3/20/2009

    2014年ワールドカップに向けて!

     
    『ベレンでは、ホテルの建設ブームが起こっている!』
     
    先ほど開催された、世界社会フォーラムベレンは、
    ホテル不足で参加者から顰蹙をかった。
    民宿まで調達して開催に臨んだが、
    ホテル不足は深刻な状態だった。
     
    5年先のサッカーワールドカップに向けてか、
    このところあちこちでホテル建設が目立つ。
    大掛かりな施設ではないだけに、
    お茶を濁している感じもしないではない。
     
    私の住んでいる通りに二つのホテルの
    建設が始まった。
    二つとも10階立ての予定のようだ。
     
    住んでいるアパートより北に、
    HANGARと呼ばれるベレン一のイベント会場が
    建設され、ホテルの進出が待たれていた。
    そんな関係かもしれないが、
    二つのホテルの建設が始まった。
     
    道路を挟んで左右の建設競争!
    一つは、6階まで積み上げて中止。
    もう一つは、全力投球のようだ!
     
    中止されているほうが出来上がると
    私の住むアパートの西側になるので、
    西日をさえぎってくれるのだが・・・・?
    完成はいつのことやら!
     
    気永く待ちましょう!
     
     
    3/9/2009

    国立国会図書館

     
    『ブラジル日本人移民情報』
     
    昨年は、ブラジル日本人移民100周年だった。
    今年は、アマゾン日本人移民80周年を迎える。
     
    ブラジルにおける日本人移民について、
    詳しく調べたい方、
    または、興味のある方は、
    下記のHPをご覧ください!
    何かお役に立つと思います。
    ご参考までに・・・・・!
     
     
     
    1/29/2009

    2009年第9回世界社会フォーラムアマゾン大会

     
    『この大会に参加した日本人グループのガイドを承った!』
     
    ブラジルのアマゾンでの今回の開催。
    第9回世界社会フォーラムアマゾン大会。
    アマゾンにふさわしい大会となった。
     
    プログラムは立派で申し分ない!
    だが、会場があまりにも広すぎた。
    分科会会場を探すのに一苦労!
    押して知るべし、徒歩での会場探しに時間がかかって、
    目的の会場に開催時間までに
    行き着けなかった!
     
    はるばる、日本から参加された方々には、
    申しわけなかったが、
    アマゾンをたっぷり堪能して頂くことになった!
     
    アップした写真は、日本人グループの
    活動です。
    日本国憲法第9条をテーマに、
    いろいろ訴えていた!
     
    通訳するにはあまりにも酷なのでグループの
    代表に伝えられなかったが、
    テーマを印刷した<団扇>が目当てで、
    押すな押すなの盛況ぶりだった!
     
    せめてもの収穫は、
    ある外国人(国籍不明)が、
    <日本国憲法第9条ってどんなこと?>
    と聞いてくれたのが
    唯一の収穫だった!
     
    世界社会フォーラム開催宣言、
    声明文を日本語に翻訳して、
    ガイドの不甲斐なさをお詫びした。
     
     
     
     
     
    1/25/2009

    納税者番号制度について

     
    『ブラジルはこの制度の先進国!』
     
    昭和32(1957)年に移住。
    1963年にサラーリマンになった。
     
    60年代前半には、ブラジルではすでに、
    納税者番号制度が敷かれていた。
    18才以上、所得が生じるとこの制度に
    登録しなければならない。
     
    個人と法人は別の番号で識別される。
    個人の登録を(CPF)、
    Cadastro de Pessoas Físicasといい、
    11個の数字で出来ている。
    番号は次のようになっています。
     
    <000 000 000-90>
    40数年経過した今も、最初の登録番号は変っていません。
     
    登録は勿論、1回限りです。
     
    この番号が無いと、ブラジルでは生活できない。
    いたるところで、まず、請求されるのは
    この番号です。
    身分証明証・運転免許証よりも
    重要視されています。
     
    因みに、税務署のHPにアクセスして、
    自分の納税者番号を入力すると、
    税務署に関すること、
    例えば、源泉徴収税の払い戻しなど、
    すぐ分かります。
     
    年度末に、一年間の所得税申告は義務付けられています。
    例外のあることは、どの国も同じでしょうが・・・。
    ライオンと名づけられている、
    ブラジルの税金徴収管理は、
    すばらしいと思います。
     
    納税者には怖い存在ですけどネ。
     
     
     
     
     
    1/6/2009

    結局病気の蔓延でトメアスーの胡椒はみんな枯れてしまった。

     
    『もの申す・・・!』
     
    当ブログのアクセス情報を確認していたら、
    Yahooブログ~○○○○王国なるブログに、
    トメアスーアグロフォレストリーを取り上げ、
    次のような記載があった。
     
    「かってブラジルに移民した日系人が栽培していた胡椒の木は
    多くの富をもたらしたものの、結局病気の蔓延で
    みんな枯れてしまいました。」
    偏見もはなはだしい書き込みである。
     
    「トメアスーの胡椒の木は枯れていません。
    いまだに健在で活躍しています。
    ただ、単一栽培の主役を降りただけです。
    今一度、トメアスーの歴史を紐解いてみてください。
    アマゾンにて、
    アマゾン浩」と
    コメントしておいた。
     
    NHKやその他の報道機関の報道を
    元に、私見を述べるのはいい。
     
    事実をまげての報道には、
    腹が立つ!
     
    アグロフォレストリーが脚光を浴びるようになって、
    あたかも見てきたような記事が気になる。
     
    トメアスーの80年の歴史を、
    歪曲してもらっては困る。
     
    事実を現地で見て
    報道してほしい。
     
    実際、現地を訪問し、取材しても
    その内容に疑問を抱くことが多い!
     
    アマゾン日本人移民80周年祭に
    多くの報道関係者が訪れるだろう!
     
    願わくば、真実を伝えて欲しいと願っている。
    アップした上記のようなネタは
    ごめんだ!
     
     
    1/4/2009

    NHKハイビジョン特集

     
    『アマゾンを救う森づくり~アグロフォレストリーに挑む日系人』
     
    今日、NHKのハイビジョン特集で、
    パラー州の日系人が、
    取り組んでいるアグロフォレストリーが紹介された。
     
    1970年代に、胡椒栽培は水害・病害で
    大打撃を受けた。
     
    森林農法を提唱した坂口陞氏は、
    もうこの世には居ないが、
    彼の提唱した森林農法は、
    アグロフォレストリーと言う形で、
    トメアスーの日系人を支えている。
     
    トメアスー総合農業協同組合の理事である
    小長野道則さんもその一人だ。
     
    『自然を見なさい!自然を見ながら、
    農業をしなさい!』
    坂口陞氏の言葉を糧にして、
    アグロフォレストリーの指導に当たっている。
     
    世界で注目されている環境問題を
    トメアスーでは率先して取り組んでいる。
    それが、日系人であることを
    誇りに思う!
     
     
     
     
    10/13/2008

    ベレンはCirio、聖母マリアの宗教祭で賑やか!

     
    『10月の第二日曜日から二週間・・・・』
     
    聖母マリアのお祭り、<シーリオ>が始まった。
    日本の正月に似ている。
    故郷を離れていた人達が、
    年に一度、このお祭りに帰省する。
     
    騒音を嫌がって避暑地に逃れる人も居るが、
    国内外からの信者の訪問で、
    ベレン市の人口は一気に膨れ上がる。
     
    訪問者は50万人、1千万人とも言われ、
    聖母マリアが安置されている教会の
    近辺は凄い人出だ!
     
    このところ、部屋にこもりっきりだ。
    依頼されたトメアスー農協の60年史の
    編纂の仕事だ。
     
    1949年9月9日が創立日。
    来年のアマゾン日本人移民80周年祭に
    間に合うようにじゅんぴ中。
    70%ぐらい纏め上げた。
    あと30%が問題だ。
    今週もまた、トメアスーに出張です。
     
     
     
     
     
    8/25/2008

    トメアスー産組にお手伝い

     
     
    『トメアスー産組60年の歩み』
     
    アマゾン日本人移民は、1929年に
    42家族(189名)が南米拓殖株式会社の
    小作人(雇用開拓者)としてトメアスーに入植した。
    来年、2009年は入植80周年を迎える。
     
    1931年アカラ(現トメアスー)野菜組合、
    1935年にアカラ産業組合と改組。
    戦後、1949年にブラジル政府の
    公認を受け、トメアスー産業組合として
    発展してきた現組合である。
     
    公認されたことを記念した
    トメアスー産組60年の歩みとその背景
    を、後世に残すためにポル語で編纂
    することになった。
     
    アマゾン日本人移民80周年、
    産組公認60周年を記念して
    日本語でしか残されていない記録を
    掘り起こして後世に託すことになる。
     
     
    その仕事のため週、3日間トメアスーに出張する。
    倉庫に眠っている資料の掘り起こしだ!
    頑張ってみましょう!!
     
     
     
    7/4/2008

    動き出したアマゾン日本人移住80周年祭

     
     
    『アマゾン日本人移住80周年祭』
     
    ブラジル日本人移住百周年記念祭も
    一段落したので、
    本番の<アマゾン日本人移住80周年祭>
    に向けて、準備委員会を立ち上げた。
     
    百周年祭のようにもたつかないように
    早めの準備委員会の立ち上げとなった。
     
    記念事業・記念行事など、
    細部にわたっての立案が望まれる。
     
    単なる、お祭りではなく、
    日系社会の将来を見据えて、
    組織の再編成が求められるところ。
     
    戦前・戦後の一世最後の記念事業故に、
    後世に何を残すべきか
    ふん張りどころだ!
     
    智恵を絞って頑張りましょう!