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日志


2007/2/3

チョット出かけてきます。

 
『今から出かけます!』
 
トメアスまで陸路240km、約4時間。
今朝、7時出発です。
雨が降らないように祈っています。
<明日、日曜日は更新できません。>
2006/10/28

行事!

 
『第二十八回開拓先没者慰霊祭』
 
汎アマゾニア日伯文化協会では、毎年10月に
開拓先没者慰霊祭を行う。
 
今日はその日だ。午前9時か厚生ホームに
建てられた開拓記念碑前がその場所。
毎年、祭式は各宗教団体の持ち回りで、
執り行われている。
 
昨年は<生長の家>、今年は<天理教>
来年は<仏教>。
日系社会にもいろいろな宗教があるため、
平等にそれぞれの祭式でお願いしている。
 
総司会の仕事で私も早出。
これから行ってきます。
 
宗教によって、先亡者慰霊祭と呼んだり
先没者慰霊祭と呼んだり、
法要と呼んだりしている。
汎アマゾニア日伯文化協会では、
先亡者慰霊祭としているようだ。
 
<同じ意味だけど拘りがあるようだ。>
 
鬼籍に入られた先輩方の
供養になれば、私にはどちらでもいい。
 
<手を合わせて感謝するのみ!!>
 
 
2006/4/12

群馬の森

「アマゾン群馬の森とは?」
 
 
 1992年、リオデジャネイロで開催された、「ECO92(地球サミット:環境と開発に関する国際会議)」で、アマゾンの熱帯雨林の役割が、地球環境にとって重要であることが確認された。
 
 ブラジルでは現在、約150万人の日系人が生活しているが、私たちが住むアマゾン地域にも多くの日系人がおります。その中の群馬県出身移住者とその家族で組織している「北伯群馬県人会」と、群馬県民が一体となり、アマゾン熱帯原生林を保護していこうと立ち上がりました。児童生徒も募金に協力し取得した原生林、それが
                「群馬の森」です。
 
位置: パラー州サンタバルバラ郡、ベレン市よりモスケイロ島方面に約50kmの
     地点。
面積: 約540ヘクタール。(東京ドームの約115倍)
2006/2/14

ピースボート

『第55回ビースボート
『地球一周の船旅』
2006/11/2(木)~2007/2/11(日)
 
 ビースボートのパートナー2名、とカメラマン3名のメンバーが汎アマゾニア日伯協会を訪問された。
目的は第55回ピースボート地球一周船旅約1000名が、当地ベレン港に入港し地元の日系人との交流を図り、2006年12月31日に当地ベレンで年越しをしたいとの申し出があり、新年をアマゾンンで過ごすイベントを共に企画したいとの事だった。
 
「 ピースボートは、「みんなが主役で船を出す」を合言葉に集まった、好奇心と行動力いっぱいの若者達を中心に、アジアをはじめ地球の各地を訪れる国際交流の船旅を企画している非営利のNGOです。ピースボートが目指すもの、それは各寄港地のNGOや学生達と交流しながら、国と国との利害関係とは違った草の根のつながりを創っていくこと。そんな地球市民のネットワークづくりのために、
1983年から地球一周など51回のクルーズを企画し、これまでに80カ国以上の世界の港を巡ってきた。その間に乗船した人は25000名あまり、さ、あなたも一緒に世界へ向けて船を出してみませんか?」と言うことだそうです。
 
 今年最後のクルーズがアマゾンのベレン港に入港する。どんなイベントで歓迎するかこれから企画を立てることになる。興味のある方は下記にお問い合わせください。
 
 
 
 
 
                 
 
 
2005/12/30

年末

『とうとう年末/12月30日』
 
仕事納めは昨日29日。午前中で閉め職員と共に昼食会でお別れ。
15年ぶりに役員に復帰して感じたこと、
時代交代が進んでいて、
3.4世の時代。
 
日本語がだんだん使われなくなった。
一世が苦労して建てた文化交流センターも
需要がなくなってきた。
 
一世的発想の日系協会は運営が困難だ。
プール・室内競技場、場外運動場・
特にサッカー・バレーボールのコートがないと
集まってくれないし、ましてや、
ダンスホールが無かったら
どうにもならない。
 
時代の交代と出稼問題は深刻だ。
来年も頑張ろう。
 
2005/12/28

御用納め

『年末/12月28日』
 
2005年度も後4日間。
御用納めがなかなか出来ない。
 
あれもこれもやっておきたい。
整理したい。
結局、29日に決まった。
団体なので意見が合わない。
働きすぎだ。